コラム

2024年4月 5日 (金)

【雪下鐘音】40年と桜

▼4日、東京で満開が発表された。この10年で最も遅いという。横浜はまだだが、けっこう咲いていた。鎌倉もそうだった▼40年前のこの日は、開花の兆しもなかった。といっても花見の習慣もない道産子にとっては数日後の入寮オリエンテーションで、やっと先輩が見つけた一枝差しを前にしてもピンと来なかった。満開の段葛が赤いぼんぼりに照らされて血塗られたように見え、恐怖さえ覚えた▼開花が待ち遠しくなったのは、いつからだったろう。乾燥した厳しい冬を重ねたせいか、あるいは薄桃色の花がこんもりする様が雪のように見えてきたせいか▼本社のある池上界隈は、東京より横浜の開花状況に近い。とはいえ今年は、不思議な状態にある。御会式桜(十月桜)は花をつけたままだし、例年ソメイヨシノと入れ替わる枝垂桜は靖国で開花が宣言された頃ようやく見ごろを迎え満開発表に前後して散り始めた▼この40年で世はバブルから「失われた30年」が続き、気候温暖化も著しい。ソ連崩壊の直後から冷戦の代理戦闘地で虐殺が相次いでいると聞いてはいたが、さすがに民族・宗教対立のエスカレートはショックだった。国内では小泉構造改革と「アベ政治」、国外では米トランプ大統領の登場から大使館襲撃に至って民主主義さえ混迷を深めている▼教育界は臨教審を経て学習指導要領も4回改訂され、年内には次期の改訂諮問が見込まれている。しかし文部科学省はかつて歩き回った文部省とは様相が変わり、今や出入りどころか局課の移動すら難しい。諸会合も新型コロナが5類に移行したというのに、対面傍聴が解禁される兆しはない▼京都の桜は、どうだろう。変わらないのは築111年目を迎えた京都大学吉田寮だ。1985年当時でさえ、関東大震災の3年後に再建された我らが寮より頑丈そうだった▼鎌倉で隠れた桜の名所はどこかと聞かれたら、迷わず清泉小学校の路地と答える。しかし一番は、もはや鉄扉越しから眺めるしかない第二の故郷への通用路である。

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2023年11月 6日 (月)

【池上鐘音】疑問の叙勲

▼4日、ある文部科学官僚(現在は出向中)の講演を聞きに行った。テーマは「探究」で、国際機関の経験を踏まえた例えが分かりやすかった▼シンガポールでは、日本に少し遅れて「ゆとり」を創出したという。カリキュラムの内容を削減する一方で、日本の総合的な学習の時間に近い「プロジェクト・ワーク」を導入。そんな「TLLM(Teach less, learn more=少なく教えて多くを学ぶ)イニシアチブ」を維持することで「生徒の学習到達度調査」(PISA)の好成績を続け、主催する経済協力開発機構(OECD)にも注目されている▼米国の研究によれば探究には四つのレベルがあり、プロセスを追って行わなければ効果が出ない。しかし日本では教科が「結果が分かっている原理を確認する」レベル1を、総合学習が「自ら立てた問いを調査する」レベル4を扱うものの、レベル2・3がすっぽり抜けているのが問題だという▼中央教育審議会などの諸会議で、ようやく「カリキュラム・オーバーロード(教育内容の過積載)」が議論に上ってきた。教育内容の減らし方に原理があるかないかの違いはあるが、「ゆとり教育」の再来と乱暴に呼ぶこともできなくはない。そもそも「ゆとり教育」に定義などないことは、拙著『学習指導要領「次期改訂」をどうする』でも指摘した▼講演を印象深く思ったのには、前日の3日に秋の叙勲が発表され中山成彬・元衆院議員が旭日大綬章を受章したこともあった。前例踏襲・横並びの選定とはいえ、舌禍により就任5日で国土交通相を辞任した御仁が果たして適当だったのかどうか▼読売新聞地方版の受章インタビューでは、政界の思い出として「ゆとり教育」の見直しに力を注いだことを挙げていた。確かに文部科学相時代、省外で「ゆとり教育批判」にさおさす発言を繰り返した。学力低下の要因として、総合学習もやり玉に挙げていた▼PISAでシンガポールの後塵(こうじん)を拝しているのも、その悪影響だ――と言ってしまうのはさすがに言い過ぎか。しかし「(現役の)政治家は真剣に考えないといけない」というのは、当時のこの人にそっくり返したい言葉である。

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2023年8月17日 (木)

【池上鐘音】「あの頃」の空気

▼河野太郎デジタル相がマイナンバーを巡るトラブル続発の責任を取って閣僚給与3カ月分を自主返納すると発表したが、辞任は否定した。当日の東京新聞朝刊には、経済同友会の新浪剛史代表幹事が紙の保険証の廃止時期を「納期」と発言して波紋を広げているという記事が載っていた▼嫌な気分になったのは、それが終戦記念日の8月15日だったことだ。もっとも新浪発言は6月28日のことだが、一度戦略を決めたら情勢が変わっても決して修正しない軍部と、それに付き従う軍属のように思えた▼従軍慰安婦問題を巡っては政府の関与の有無がよく焦点になるが、そうした議論の組み立て方自体が実態に迫っていない気がする。平成の世になっても官民なれ合いが続いている事例を、日常的に見聞きしてきたからだ。というより自分の会社も、その一端を担っていた▼デジタルトランスフォーメーション(DX=デジタルによる変革)で先行していた医療分野を追いかけてきたのが、教育分野だ。1人1台端末が実現できたのも、教育データを一元化して民間にも開放するという構想を持った経済産業省の主張が通った側面が否めない▼しかし情報端末はあくまで授業の革新のために使われるべきものであって、データ蓄積は付随にすぎない。データ収集が目的化しては本末転倒なのに、中央教育審議会などの議論を聞いていると楽観的に過ぎる気もする。義務教育費国庫負担制度は戦後の教育の機会均等と質保証に大きな貢献をしてきたが、その源流が戦時下の国民学校にあった歴史的事実も忘れてはならない▼開戦前さまざまなシミュレーションで最大2年しか持たないことが分かっていたにもかかわらず、戦争はずるずると3年半以上も続いた。末期には「本土決戦」の覚悟を促すという精神論で特攻を強要するという非論理的で非科学的で非倫理的な戦術に拘泥し、フィクションでしかない「国体」護持にこだわるあまり敗戦の決断ができないまま原爆投下を迎えてしまった▼それらを昔の話と笑えるだろうか。戦争の記憶が遠くなればなるほど、あの頃の空気が明日にでも戻ってくるように思えてならない。いやマイナ保険証問題一つ取っても、空気は変わっていなかったのかもしれない。今も一部が旧庁舎として残る文部省の5階天井には、噂通り爆撃に備えた鉄板が入っていた。

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2023年7月 3日 (月)

【池上鐘音】再論・印度の日本人

▼竜樹(150~250ごろ)といえば、初期大乗仏教の祖である。密教では竜猛(りゅうみょう)と呼ばれ金剛薩埵(さった)から直接、付法を受けたとされる。さすがにフィクションだと思っていたのだが、歴史的事実だったのかもしれない▼インド仏教界の最高指導者にして元日本人の佐々井秀嶺師(87)のことは、ずっと前に取り上げた。当時は二度と戻ることはないと思われたが、東日本大震災の後は折に触れて「来日」している▼4年ぶりの今回は最終講演が2日に築地本願寺で行われ、550人が集まった。14年前に比べれば痩せて声も聞きづらくなっていたが、滞在中ますます元気が出たという迫力は相変わらずだった▼ヒンズーからのブッダガヤ大菩提寺奪還闘争とともに注力しているのが、マンセル遺跡の発掘だ。密教付法の地である南天鉄塔と目される遺構も明らかになってきたという▼佐々井師は1967年にタイ経由で入ったラージギル(王舎城)で「なんじ速やかに南天竜宮城へ行け。 南天鉄塔もまたそこにあり」という竜樹の夢告を受け、ナグプールで没後10年が過ぎたB・R・アンベードカル博士(元法相)の仏教復興運動を継承した。きっと昔の竜樹も金剛薩埵の夢告を得てバラモン教を仏教的に解釈・整理した密教を大成し、後に夜叉(やしゃ)が作った言われるほどの大寺院・南天鉄塔の興隆を招いたに違いない――▼2009年と同様、今回も「生きた」仏教、今まさに創造されようとしている仏教の姿を見た。それが同じく女性問題で悩んだ親鸞をまつる浄土真宗寺院だったことに感慨を覚えるとともに、「(八宗や鎌倉新仏教の)宗祖みな我が祖師」と語る師の姿に倣って宗門にこだわる必要もないかもしれないと思った。「超大乗」こそがアンベードカル=佐々井師の教えだ▼「勉強(学問)せよ、団結せよ、闘争せよ」とは、長い歴史と人口ボーナスの中で虐げられたダリット(不可触民)に接する中から出た大慈悲の叫びであろう。さて、今の日本でどう解釈するか。タイムカプセルから出てきたような昭和の頑固親父が男一匹、命を懸けて問い掛けている。

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2023年6月18日 (日)

【池上鐘音】衆参法制局の憂鬱

▼アクティブ・ラーニング(AL)が消えた――2020年10月8日の当欄「内閣法制局の憂鬱」の書き出しである。それをまた繰り返すのも能がないが、別の角度から憂鬱になる▼16日の参院本会議で可決、成立した法律は通称LGBT理解促進法などと呼ばれるが、正式には「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」という。自民・公明の原案に日本維新の会・国民民主の主張を取り入れて修正された▼そもそも2021年の超党派議連では、「性自任」 を採用することで同意されていた。それを自民が「性同一性」に修正し、さらに維新がどちらにも解釈できるよう「ジェンダーアイデンティティ」を提案した▼内閣法制局は人事でなし崩しになったが、衆参の法制局職員はどんな思いだろう。「時代に対応し得る法律」(20年4月、参院法制局「法律の〔窓〕)になったと自らを納得させようとしているだろうか▼法令に準じる告示でしかない学習指導要領でさえ、ALは機械的に「主体的・対話的で深い学び」に置き換えられた。しかし肝心の法律でさえ積極的に定義を曖昧にするためカタカナ語を使えるのであれば、解禁されたも同じだろう▼セーフティネット、デジタルデバイス、ハイブリッド、セキュリティポリシー……21年1月の中央教育審議会「令和の日本型学校教育」答申から拾ってみても、カタカナ語が氾濫している。教育界にとっては、既に浸透したものだろう。だから次期指導要領に盛り込むことは、むしろALのような混乱を避けることになるかもしれない▼しかし戦後日本はもとより明治維新から積み上げてきた何かが、角砂糖に水をかけたように崩れていくような思いがするのは心配のし過ぎだろうか。もっとも、修正法案でさえ「日本の伝統を壊す」と議決時に退場した与党議員が続出したというが。

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 【自社広】
 この本でCSTI政策パッケージと中教審特別部会のナゾがすべて分かる!
 『学習指導要領「次期改訂」をどうする ―検証 教育課程改革―
 ジダイ社、¥1870。

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2022年12月 2日 (金)

【池上鐘音】対極の岡本太郎

▼入り口に足を踏み入れようとした瞬間、これは祝祭空間だと直感した。上野の東京都美術館で開催されている『展覧会 岡本太郎』である(28日まで)▼「光る彫刻」の下越しに見ても、黒い御簾の向こうに絵画や彫刻がランダムに置かれているのが分かる。順路などない。自由に鑑賞、いや感じればいい▼実は大阪展(7月23日~10月2日、大阪中之島美術館)も観ているのだが、印象はまったく違う。順路の決まった、いかにも普通の展覧会だった。もちろん作品の力は変わらないのだが、かの地では今も「進歩と調和」と闘わねばならないのだろうか▼それに比べればホームの東京では、ゆったりと爆発できるのだろう。こちらの方が、いかにも岡本太郎らしい▼小子にとっても恩人である。高校時代、絵画というものが理解できず地元の美術館で長時間うんうんと唸るばかりだった。それが大学時代に『今日の芸術』を読んで以来、堂々と「印象派は嫌いだ。あと、横山大観も」と公言できるようになった▼国内外は混迷の度を深くし、価値観も一方向に染められかねない恐れが迫っている気がしてならない。そんな中、今こそ岡本太郎の対極主義が見直されるべきだ▼NHK放送博物館(東京・愛宕)の「展覧会 タローマン」(4日まで)にも何とか行くことができた。1970~72年「当時」の貴重な品々が集められていて、楽しい。リアルタイムで番組を見ていたというミュージシャンの山口一郎氏(サカナクション)が集めたコレクションに負うところも大きいらしい▼しかし、はて。調べると、果たして山口氏は80年生まれらしい。何だそれは。

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 【自社広】
 この本でCSTI政策パッケージと中教審特別部会のナゾがすべて分かる!
 『学習指導要領「次期改訂」をどうする ―検証 教育課程改革―
 (ジダイ社、¥1870)、10・22より好評(?)発売中。

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2022年10月 1日 (土)

【池上鐘音】ヤマトの沖縄

▼時計代わりとも言われるNHK連続テレビ小説、いわゆる朝ドラは定時の視聴習慣を持つ人に支えられているのが実態だろう。よく視聴率の高低を作品の評価と結び付けて語られるが、どの作品も週間ランキングのトップクラスを維持している▼朝ドラのファンには、視聴しないという選択肢はない。しかし忙しい家事や出掛ける準備の合間に見ている派と、質の高いドラマを毎日じっくり味わいたい派の二極分化が近年激しくなっているように思える▼東京制作の2022年度前期『ちむどんどん』が終了した。沖縄返還50周年に、しかも比較的注目されることの少ない山原(やんばる)地区が舞台になるというので個人的にも楽しみにしていた。果たして子役たちが登場する最初の2週は、戦後の貧困と家族愛、さとうきび畑の上空を切り裂く米軍機の音、親たちの戦争体験、とりわけ父親が中国大陸での加害経験を抱えているであろうことなど、期待は高まるばかりだった▼端々の違和感が決定的となったのは、その父親がほとんど唐突に死んでしまってからだ。あまりにも安直だなと思っていたら、特にヒロインに替わってからは素人目にも整合性の十分取れていない展開や不自然なせりふが目立つようになってきた▼短文投稿サイト「ツイッター」での酷評が大きな話題となったのも、今作の特徴だ。それも二極分化したファンのうち、後者からの集中砲火だったろう。しかし前者にとっては、整合性など問題にならない。途中飛ばしても何となくいい話が並んでいれば、十分成立する。それが朝ドラの必要条件なのかもしれない▼たとえ節目の年であっても、基地問題ひとつ解決の見通しは立っていない。「沖縄に寄り添う」と言いながら実際には冷淡な態度しか取らないのが、薩摩支配から変わらないヤマト(琉球=沖縄に対する日本)の基本的姿勢であったろう。当作にも、苦難の歴史や豊かな独自文化を単なる素材としか思っていないかのような扱いに徹頭徹尾変わらないヤマト目線を感じた▼最終週に大工哲弘が再登場したのは驚いたが、しょせんは「有名な沖縄民謡歌手」としてキャスティングしたのだろう。制作スタッフには本島と八重山で島唄が全然違うことも、分からなかったに違いない。どうせ起用するなら、歌詞を1字だけ変えた『沖縄を返せ』ぐらい歌わせるべきだった。今のNHKに、そんな気概も度胸もあるとは思えないが。

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2022年9月14日 (水)

【池上鐘音】「さかなのこ」の特異な多様性

▼『あまちゃん』以来、のん(本名・能年玲奈)さんのファンである。そのアキが「見つけてこわそう」で共演したさかなクンを演じると聞いては居ても立ってもいられない――と書いている段階で、すでにフィクションと現実が混乱している▼原作の『さかなクンの一魚一会~まいにち夢中な人生!~』(講談社)を読めば、現実のエピソードをうまく生かした映画であることがよく分かる。もっとも冒頭の「男か女かは、どっちでもいい」が示すように、それ以上に多様なメッセージが込められていると受け止めた▼さかなクンのあだ名だった「ミー坊」は現実でもヤンキーと仲良くなれる性格だったようだが、さかなクンが演じる「ギョギョおじさん」は町から姿を消さなければならなかった。社会モデルという言葉が、頭をよぎった▼映画を見た翌日、文部科学省の「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方に関する有識者会議」をオンライン傍聴した。ヒアリングに応じた教委団体や意見募集からは、特性の把握方法や判定基準を示すよう求める意見が相次いだ。ただそれは、有識者会議が当初から議論していた基調と反する▼内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が6月に正式決定した教育・人材育成の政策パッケージには、小学校35人学級にも平均で特異な才能0.8人、発達障害2.7人、不登校0.4人・不登校傾向4.1人、日本語を家であまり話さない子1.0人と多様性があることが示されている。特異な才能をギフテッドと呼ぶか、学習困難を併せ持つ2E(twice-exceptional)とみるかも正直「どっちでもいい」。いずれにしても、同じ学級の仲間だ▼重複もあろうが「家にある本の冊数が少なく学力の低い傾向」、すなわち家庭の経済格差が学力格差につながっている子どもが10.4人という数値も無視できない。誰一人取り残さないためには、1学級に担任1人という教職員配置の基本は現実に合わなくなっている。働き方改革や新教員研修制度で解決できる話では、もちろんない▼「成績が優秀な子がいればそうでない子もいて、だからいいんじゃないですか」と自分の子どもを信じたお母さんはもとより「ミーぼうしんぶん」を楽しみにしていた先生方の存在には、ほっとさせられた。そうした周囲の大人の信頼や理解が、絶対に必要だ。実際にもさかなクンの同級生だったドランクドラゴン鈴木拓さん演じる鈴木先生は、あわやの学校間暴力に対してヘタレであったが。

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2022年7月 9日 (土)

【池上鐘音】蝶々の因縁

▼NHK『映像の世紀 バタフライエフェクト』を毎週、興味深く視聴している。1995年に放送を開始した新シリーズで、一人ひとりのささやかな営みが連鎖して世界を動かしていく様子を世界中のアーカイブ(記録)映像で描くのだという▼回によっては、これを本当にバタフライ効果と言っていいのかと首をかしげることもある。しかし世の中の動きがすべて連関していて、見聞きしたものが大なり小なり意識ないしは無意識として残っていると考えれば納得できる▼仏教的には、重々無尽の縁起とでも訳せようか。ここで言う縁起は通俗的な験担ぎ・験直しのことではなく、原因(因)があって結果(縁)があるという論理学的な話である。あるいは複雑系と言い換えてもいい▼安倍晋三元首相が参院選の応援演説中、銃撃されて死去した。犯行現場の近鉄大和西大寺駅前は奈良競輪場の無料バスが発着し、犯人が住んだ最寄り駅には定宿がある個人的にもなじみの地だ。小学校も近いことに、戦慄がいや増す▼どんな政治家に対してであろうと、テロは決して許されない。何かと安倍政権を批判し続けてきた本社だが、報道の末端中の末端に携わる者として満腔の怒りを持って糾弾する▼現段階の供述によれば、政治的信条に対する恨みではないそうだ。安倍氏が「特定団体」とつながりがあると思い込んだというが、いかなる団体かは明らかにされていない▼今回の元首相襲撃を五・一五事件になぞらえる向きもあるが、犯人は元自衛官といっても任期3年だけであり青年将校とは比ぶべくもない。むしろ浅沼稲次郎社会党委員長を刺殺した山口二矢(おとや)に似ていようか▼真相は徐々に明らかになっていくのだろうが、現段階では格差・分断、フェイクニュースの香りがぷんぷんする。因果応報とは口が裂けても言わないが、新自由主義的なアベノミクスを進め国会審議を軽視してきた安倍政権とも無縁ではない▼安倍首相が目指してきたはずの「美しい国」が、バタフライ効果で今のような社会に帰結したとみるのは死者への冒涜(ぼうとく)だろうか。しかし国の借金が1000兆円を超えてもなお、防衛費拡充のための国債発行を安倍氏は主張していた。アベノミクスへの評価や憲法改正の是非を含め、有権者には冷静な投票行動が求められよう。追悼の意と「弔い合戦」は、まったく別の話である。

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【本社より】コラムタイトルの不足を一部修正しました。

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2022年6月27日 (月)

【雪ノ下鐘音】梅雨と鎌倉殿

▼梅雨時になると、必ずといっていいほど大学1年目を思い出す。4月に入った寮長部屋は附属のグラウンドに南面した棟の2階だったから、窓に座ると爽やかな海風が感じられた。一転したのは期替わりの6月、後ろの棟の1階に移ってからだ▼3人部屋に常時数人が出入りして雑魚寝する部屋から、中庭の雑草がみるみる伸びていくのを見ているだけで鬱々としてしまう。おまけに床下には暗渠(きょ)となった小川が流れていて、湿度は寮の中でも最悪だった。飲み残しのワンカップにボウフラが湧いて「だから今年は蚊が多いのか」という先輩の冗談にも、笑うことができなかった▼『幻想の都 鎌倉』(高橋慎一朗、光文社新書)を読んでいて、積年の疑問が氷解した。周囲を歩いて石碑を眺めていても大蔵御所の正確な場所は分からなかったのだが、同書によると西限は西御門川で堀の役割を果たしていたという。地図と照らし合わせると、まさに寮の下を流れていた小川ではないか。つまり寮生は、御所跡にまたがって住んでいたことになる▼警備上の悩みは、西御門地区の住民が近道だといって寮の中を通り抜けていくことだった。しかし同書には明治期、西御門川沿いに旧道があったとする。してみると師範学校の移転前から地元民の既得権だったのか…と馬鹿な想像もしてしまう。4棟あった当時は当然、入り口には門があった。それだけ思考を混乱させる梅雨が早くも明けそうなのは、水不足の心配にもかかわらず喜ばしく思える。

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