コラム

2024年12月28日 (土)

【池上鐘音】指導要領と鉄砲

▼「世界一幸せな国」が舞台の映画にしては、物騒なタイトルだ。『お坊さまと鉄砲』(パオ・チョニン・ドルジ監督)は前ブータン国王が譲位する2006年、標高3100㍍のウラ村で民主化準備のため行われる模擬選挙を描いたフィクションだ▼冒頭、村の高僧が理由も告げず若い僧に銃2丁の入手を命じる。そこに、南北戦争時代のライフルがウラ村にあると聞きつけた米国のコレクターが都会の者に案内されてやって来た▼選挙を巡る村人や家族の対立に魔訶(まか)不思議な銃取り引き、担当役人と村人との珍妙なやり取り。すれ違いが重なる中、仏塔の下で模擬選と法要の日がやって来る▼法要の最中、役人は初めて見た米国人と民主主義について語りたがった。憲法修正2条で銃保持が保障された国だとも知らずに。人の好さそうなコレクター氏が生返事を返し続けていると、選挙結果と銃の使い道が明らかになる――▼前に見た『シビル・ウォー』(アレックス・ガーランド監督)には、フィクションの内戦にウクライナやガザなど現実の戦乱がすっぽりはまったような不気味さに戦慄(せんりつ)を覚えた。『お坊さま―』はあらゆる意味で、これと対極にある▼中教審では25日、学習指導要領の改訂が諮問された。「2040年代」の日本と世界は、どうなっているだろう。第4次教育振興基本計画で打ち出した「日本社会に根差したウェルビーイング」なるものは、果たして世界に受け入れられ広がっているのか▼ブータン憲法9条2項に掲げられているのが、有名な国民総幸福量 (GNH)である。ここでの幸福はHappinessだが、仏教国として精神面が重視される。翻ってわが憲法の同条項は、風前のともしびにある▼年が明ければ銃の国では、選挙中に銃撃されたトランプ前大統領が返り咲く。民主主義と平和主義が、いっそう揺らぐことは確かだろう。せめて「三毒」を克服する知恵を得られるような指導要領になるよう、映画の結末のように願ってやまない年の瀬である。

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2024年11月 9日 (土)

【池上鐘音】蝶の羽ばたき

▼バタフライ効果とは、チョウの羽ばたきのような微細な動きが気象変動など予測もしない大きな変化をもたらすことを意味する。NHK『映像の世紀 バタフライエフェクト』は1995年に放送開始した「映像の世紀」の新シリーズで「蝶の羽ばたきのような、ひとりひとりのささやかな営みが、いかに連鎖し、世界を動かしていくのか?」という観点から国内外のアーカイブス映像を編集したという▼予測しない結果を引き起こした最近の例といえば、安倍晋三元首相の銃撃死事件だ。犯人は旧統一教会の「宗教2世」だったが、世間の非難は自民党との癒着に及んだ。さらに裏金問題の発覚で、安倍派をはじめとした自民党有力派閥の解体に進んだ▼しかし安泰とみられた岸田文雄首相は、総裁選に不出馬を余儀なくされた。混戦を勝ち抜いたのは石破茂氏だったが、首相就任直後の解散で惨敗。立憲民主党でも日本維新の会でもなく少数野党の国民民主党がキャスチングボート握るなどと、誰が想像したろうか▼教育界も無縁ではない。旧統一教会の解散命令問題で、合田哲雄・文化庁次長の人事が2年以上も足止めを食らっている。もうすぐ次期学習指導要領の改訂諮問が見込まれているのに、次も中途半端な教育課程改革になってしまったとしたら大変な損失になる。もっとも、まだそこまで風は及んでいない▼これに対して安倍元首相の盟友だったトランプ前米大統領は選挙演説中に銃撃され、民主党候補がの現職のバイデン大統領からハリス副大統領に交代した。形勢逆転かと思いきや、投票が始まるや予想に反して早々に「またトラ」が決まった▼現段階でも想定できるのは、これから世界は一層の混迷を深めるということだろう。米国第一主義のトランプ政権で、ウクライナ侵攻やガザ虐殺攻撃が好転するとは思えない。日本も台湾危機を唱えて自衛隊の強化と「自由で開かれたインド太平洋」による中国包囲網の形成のにいそしんでいるが、その始まりは安倍首相時代だった▼8日の朝日新聞朝刊1面肩に「教員給与改善 財務省案」が載っていたが、それは別に論じよう。その下にある米大統領選を巡る記事で、佐藤武嗣編集委員が引く米国際政治学者イアン・ブレマー氏の言葉にはっとした▼「米国が歴史的に抱いてきた価値観は、もはや当てにできない。日本はそうした環境に備えなければならない」――。敷衍(ふえん)すれば、戦後民主主義以来の価値観も揺らぐのではないか。憲法=教育基本法体制をよりどころにしてきた戦後教育も、もちろん無縁ではない▼世界中で価値観がぶつかり合う時代に将来を担う一人一人の子どもがどう向き合い、エージェンシー(変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をとる能力)を発揮するための資質・能力をどう育むのか。次期改訂論議でも、大きな危機意識を抱くべきだろう。さて、チョウはどこに連鎖を起こすのか。

 

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2024年8月27日 (火)

【池上鐘音】5分間の既視感

▼26日午後10時からNHKで放送された『映像の世紀バタフライエフェクト』は「太平洋戦争 日米プロパガンダ戦」だった。その中で開戦1カ月後に内閣情報局が出した『大東亜戦争放送しるべ』に「我が海外放送は強力な思想戦の尖兵として活躍し、姿なき爆弾となる」とあったことを紹介していた▼それに先立つ同日午後5時50分、『午後LIVE ニュースーン午後5時台』を早く終わらせる形で『NHKからのお知らせ』として「8月19日放送のラジオ国際放送中国語ニュースについて」が放送された。わずか5分間の番組で「今回の事案は、『わが国の重要な政策および国際問題にたいする公的見解ならびにわが国の世論の動向を正しく伝える』などと規定している国際番組基準に抵触するなど、NHKが放送法で定められた責務を適切に果たせなかったという、極めて深刻な事態であり、深くお詫び申し上げます」というコメントが3回も繰り返された▼確かにNHK国際番組基準の第1章「一般基準」の2には「内外のニュースを迅速かつ客観的に報道するとともに、わが国の重要な政策および国際問題にたいする公的見解ならびにわが国の世論の動向を正しく伝える」とある。ちなみに国内番組基準の第2章「各種放送番組の基準」の第5項「報道番組」に、同様の規定はない▼仕事柄NHKの朝・昼・夜のニュースは、必ずチェックしている。かつては解説番組も注意深く耳を傾けていたが、内容が薄くなったと感じたのは第2次安倍政権になって以降だったろうか。それは今も続いている。記者にとって、今や自己規制が当たり前になっているのかもしれない▼先のコメントも、おそらく周到に書かれたのであろう。あくまで国際番組基準に抵触したのであって国内番組基準ではない、という書き手の良心さえ読めるのは気のせいだろうか。しかし5分間の番組から受けた印象は、まるで大本営発表を繰り返す戦時中の放送だった▼『映像の世紀』では太平洋戦争中、日米とも情報戦を展開していた姿が描かれていた。特に日本の総力戦では、マスメディアはもとより学校教育も特攻兵の神格化に動員されていた。過去の話だ、と笑えるだろうか。

 

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2024年8月17日 (土)

【蝦夷地鐘音】新しい戦前

▼今年の帰省中には驚くことが相次いで起こる。元旦は実家に着いて一息ついたところで能登半島地震、翌2日は前日に降りた新千歳空港滑走路で日航機と海上保安機の衝突事故だった▼今月14日の東京新聞電子版には、同紙140周年を記念した「ニュース深掘り講座」特別編の記事が載った。7日に日比谷図書文化館(東京)で行われたノンフィクション作家、保阪正康氏の講演詳報だ。北海道の同郷でもある▼演題は「『新しい戦前』にしないために」。7月の東京都知事選で現職の小池百合子氏に次いで票を集めた石丸伸二氏について「恥を知れ、恥を」といった口ぶりを「昭和10年代の帝国議会の軍人の答弁と思った」と述懐した▼その14日午前、岸田文雄首相が9月の自民党総裁選に出馬しないことを表明した。秘書官に話したのも当日朝だったというから、大騒ぎになっても無理はない▼翌15日は言うまでもなく終戦記念日で、岸田首相は全国戦没者追悼式に例年通り出席していた。不出馬表明のタイミングは別に理由があったようだが、そこに「戦後」軽視の姿勢を見て取った人は少なくない。そもそもハト派の代表である宏池会の出身にもかかわらず、安保関連3文書の改定や防衛費の大幅増額など安倍晋三政権でも成し得なかったことを次々と実現した▼保阪氏は15日付の北海道新聞連載「昭和の語り部 半藤一利の伝言㊥」で、二・二六事件の背景には貧困に何もしない政治に対する青年将校の不満があったことを指摘していた。「経済、経済、経済」と語った岸田首相の経済政策はどうだったか▼先の東京新聞講演もそうだが、保阪氏は道新には16日付掲載の配信記事「自衛隊、不祥事に見る劣化」で昭和前期の軍事主導体制の誤りに重ねていた。直接の関係がない出来事も、羅列すると「いつか来た道」の要素がそろいつつあると背筋が寒くなる▼同日付に載った連載記事の㊦ではジャーナリストの青木理氏が保阪氏も交えた15年の鼎談(ていだん)を振り返り、社会が戦争に向かっていく時の「六つの兆候」として半藤氏が①被害者意識と反発が国民にあおられる②言論が不自由になる③教育が国粋主義に変わる④監視体制が強化される⑤テロの実行が始まる⑥ナショナリズムが強調される―を挙げていたことを紹介している▼③の典型例は、「愛国心」を強調した教育基本法の改定だったという。愛国心を前面に出さなくても、ことさら「改正」教基法を持ち上げる総裁候補には気を付けなければならない。ましてや、熱狂で迎えることがあっては。

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2024年7月14日 (日)

【池上鐘音】老害の還暦

▼NHK2024年度前期の連続テレビ小説『虎に翼』が好調のようだ。現代に通じる民法や家族の問題が、女性視聴者に刺さっているらしい。男性も同じだ▼5日放送の回では、主人公の猪爪=佐田寅子(伊藤沙莉)に恩師の穂高重親(小林薫)が最後にこう話し掛けた。「佐田君、気を抜くな。君もいつかは古くなる。常に自分を疑い続け、時代の先を歩み、立派な出がらしになってくれたまえ」▼50代に入ったころから、自分が既に老害なのではないかという自覚が出始めた。結局、昔と同じことしか書いていないと気付いたからだ。学習指導要領の改訂や高大接続改革を追う中でつい忘れがちになったが、22年10月に拙著『学習指導要領「次期改訂」をどうする』(ジダイ社)を出して以来ますます繰り返し傾向が顕著になってきた▼思えば学生時代、上級学年や留年生になって後輩から「文句じじい」と呼ばれていた。ろくに寮務もしないくせに原則論ばかり振り回すのが嫌気されたらしいのは分かっていたが、退寮あいさつまで憎まれ口をたたいて社会に出た。それから40年がたち2度目の甲辰を迎えたが、二十の魂百までである▼国内外の情勢は混迷の度を深める一方だ。もはや自分たちが育ってきた時代のように、希望ある未来を若者が描くことなどできない。一人一人が生活者・主権者として、課題を発見し納得解を得られるようエージェンシー(変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をとる能力)を発揮する力を付けなければならない――という主張も同じことの繰り返しである▼古代中国文化圏では十干十二支で歴史を認識してきたが、死すべき人間は60年単位でしか記憶ができないということかもしれない。ましてや戦後79年ともなれば、既に多くの人が過去の教訓を顧みることは少なくなる▼だからこそ穂高先生の言葉が染みる。徹底して原則にこだわりつつ、常に事実を疑い続けて新たな知識を吸収し補強する――そうすれば立派な出がらしになれるだろうか。100年先まで生きていることはないが、日本国が続く限り書いたものは国会図書館に残ろう。

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2024年6月 2日 (日)

【池上鐘音】「ありふれた」学校現場

▼現職教員は、公開中のドイツ映画『ありふれた教室』(イルケル・チャタク監督)を見ない方がいい。内容が的外れ、というわけでは決してない。過呼吸を起こしかねないほど、自分の職場で現実に起こっていることと錯覚しかねないからだ▼主人公が教育に情熱と信念だけでなく確かな技術も持っていることは、実態を知っている人なら冒頭すぐ分かるだろう。そんな優秀な教師が、ちょっとしたボタンの掛け違いから始まる「学校」崩壊に巻き込まれていく。ゼロトレランス(不寛容)方式を導入しているという設定は象徴的だが、どこにでも起こり得る話だ▼それでも見に行くという人は、ぜひパンフレットも買ってほしい。東京都の教職員を多数診てきた真金薫子・山楽病院精神神経科部長の寄稿が、日本の現場実態を余すことなく伝えてくれている▼パンフで他の執筆者が強調するほど、描かれた「教室」の姿に独日の文化差はないように思える。おそらく経済協力開発機構(OECD)加盟諸国のどこにも、大なり小なり置き換えが可能だろう▼真金部長の寄稿は、全学校関係者に向けて「学校の日常がどのようなものか、日々教師がどんな思いを抱きどのような学校生活を送って仕事をしているのか、現場を肌感覚で理解するためにも、是非観ていただきたい作品である」と結んでいる。とりわけ「教育行政に携わる方」こそ、深刻に受け止めるべきだ▼宣伝チラシには「ラスト、あなたが感じるのは【希望】か?【絶望】か? それとも【恐怖】か?」とある。少なくとも小子は、そこに教育の本質を見た気がした。

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2024年4月 5日 (金)

【雪下鐘音】40年と桜

▼4日、東京で満開が発表された。この10年で最も遅いという。横浜はまだだが、けっこう咲いていた。鎌倉もそうだった▼40年前のこの日は、開花の兆しもなかった。といっても花見の習慣もない道産子にとっては数日後の入寮オリエンテーションで、やっと先輩が見つけた一枝差しを前にしてもピンと来なかった。満開の段葛が赤いぼんぼりに照らされて血塗られたように見え、恐怖さえ覚えた▼開花が待ち遠しくなったのは、いつからだったろう。乾燥した厳しい冬を重ねたせいか、あるいは薄桃色の花がこんもりする様が雪のように見えてきたせいか▼本社のある池上界隈は、東京より横浜の開花状況に近い。とはいえ今年は、不思議な状態にある。御会式桜(十月桜)は花をつけたままだし、例年ソメイヨシノと入れ替わる枝垂桜は靖国で開花が宣言された頃ようやく見ごろを迎え満開発表に前後して散り始めた▼この40年で世はバブルから「失われた30年」が続き、気候温暖化も著しい。ソ連崩壊の直後から冷戦の代理戦闘地で虐殺が相次いでいると聞いてはいたが、さすがに民族・宗教対立のエスカレートはショックだった。国内では小泉構造改革と「アベ政治」、国外では米トランプ大統領の登場から大使館襲撃に至って民主主義さえ混迷を深めている▼教育界は臨教審を経て学習指導要領も4回改訂され、年内には次期の改訂諮問が見込まれている。しかし文部科学省はかつて歩き回った文部省とは様相が変わり、今や出入りどころか局課の移動すら難しい。諸会合も新型コロナが5類に移行したというのに、対面傍聴が解禁される兆しはない▼京都の桜は、どうだろう。変わらないのは築111年目を迎えた京都大学吉田寮だ。1985年当時でさえ、関東大震災の3年後に再建された我らが寮より頑丈そうだった▼鎌倉で隠れた桜の名所はどこかと聞かれたら、迷わず清泉小学校の路地と答える。しかし一番は、もはや鉄扉越しから眺めるしかない第二の故郷への通用路である。

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2023年11月 6日 (月)

【池上鐘音】疑問の叙勲

▼4日、ある文部科学官僚(現在は出向中)の講演を聞きに行った。テーマは「探究」で、国際機関の経験を踏まえた例えが分かりやすかった▼シンガポールでは、日本に少し遅れて「ゆとり」を創出したという。カリキュラムの内容を削減する一方で、日本の総合的な学習の時間に近い「プロジェクト・ワーク」を導入。そんな「TLLM(Teach less, learn more=少なく教えて多くを学ぶ)イニシアチブ」を維持することで「生徒の学習到達度調査」(PISA)の好成績を続け、主催する経済協力開発機構(OECD)にも注目されている▼米国の研究によれば探究には四つのレベルがあり、プロセスを追って行わなければ効果が出ない。しかし日本では教科が「結果が分かっている原理を確認する」レベル1を、総合学習が「自ら立てた問いを調査する」レベル4を扱うものの、レベル2・3がすっぽり抜けているのが問題だという▼中央教育審議会などの諸会議で、ようやく「カリキュラム・オーバーロード(教育内容の過積載)」が議論に上ってきた。教育内容の減らし方に原理があるかないかの違いはあるが、「ゆとり教育」の再来と乱暴に呼ぶこともできなくはない。そもそも「ゆとり教育」に定義などないことは、拙著『学習指導要領「次期改訂」をどうする』でも指摘した▼講演を印象深く思ったのには、前日の3日に秋の叙勲が発表され中山成彬・元衆院議員が旭日大綬章を受章したこともあった。前例踏襲・横並びの選定とはいえ、舌禍により就任5日で国土交通相を辞任した御仁が果たして適当だったのかどうか▼読売新聞地方版の受章インタビューでは、政界の思い出として「ゆとり教育」の見直しに力を注いだことを挙げていた。確かに文部科学相時代、省外で「ゆとり教育批判」にさおさす発言を繰り返した。学力低下の要因として、総合学習もやり玉に挙げていた▼PISAでシンガポールの後塵(こうじん)を拝しているのも、その悪影響だ――と言ってしまうのはさすがに言い過ぎか。しかし「(現役の)政治家は真剣に考えないといけない」というのは、当時のこの人にそっくり返したい言葉である。

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2023年8月17日 (木)

【池上鐘音】「あの頃」の空気

▼河野太郎デジタル相がマイナンバーを巡るトラブル続発の責任を取って閣僚給与3カ月分を自主返納すると発表したが、辞任は否定した。当日の東京新聞朝刊には、経済同友会の新浪剛史代表幹事が紙の保険証の廃止時期を「納期」と発言して波紋を広げているという記事が載っていた▼嫌な気分になったのは、それが終戦記念日の8月15日だったことだ。もっとも新浪発言は6月28日のことだが、一度戦略を決めたら情勢が変わっても決して修正しない軍部と、それに付き従う軍属のように思えた▼従軍慰安婦問題を巡っては政府の関与の有無がよく焦点になるが、そうした議論の組み立て方自体が実態に迫っていない気がする。平成の世になっても官民なれ合いが続いている事例を、日常的に見聞きしてきたからだ。というより自分の会社も、その一端を担っていた▼デジタルトランスフォーメーション(DX=デジタルによる変革)で先行していた医療分野を追いかけてきたのが、教育分野だ。1人1台端末が実現できたのも、教育データを一元化して民間にも開放するという構想を持った経済産業省の主張が通った側面が否めない▼しかし情報端末はあくまで授業の革新のために使われるべきものであって、データ蓄積は付随にすぎない。データ収集が目的化しては本末転倒なのに、中央教育審議会などの議論を聞いていると楽観的に過ぎる気もする。義務教育費国庫負担制度は戦後の教育の機会均等と質保証に大きな貢献をしてきたが、その源流が戦時下の国民学校にあった歴史的事実も忘れてはならない▼開戦前さまざまなシミュレーションで最大2年しか持たないことが分かっていたにもかかわらず、戦争はずるずると3年半以上も続いた。末期には「本土決戦」の覚悟を促すという精神論で特攻を強要するという非論理的で非科学的で非倫理的な戦術に拘泥し、フィクションでしかない「国体」護持にこだわるあまり敗戦の決断ができないまま原爆投下を迎えてしまった▼それらを昔の話と笑えるだろうか。戦争の記憶が遠くなればなるほど、あの頃の空気が明日にでも戻ってくるように思えてならない。いやマイナ保険証問題一つ取っても、空気は変わっていなかったのかもしれない。今も一部が旧庁舎として残る文部省の5階天井には、噂通り爆撃に備えた鉄板が入っていた。

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2023年7月 3日 (月)

【池上鐘音】再論・印度の日本人

▼竜樹(150~250ごろ)といえば、初期大乗仏教の祖である。密教では竜猛(りゅうみょう)と呼ばれ金剛薩埵(さった)から直接、付法を受けたとされる。さすがにフィクションだと思っていたのだが、歴史的事実だったのかもしれない▼インド仏教界の最高指導者にして元日本人の佐々井秀嶺師(87)のことは、ずっと前に取り上げた。当時は二度と戻ることはないと思われたが、東日本大震災の後は折に触れて「来日」している▼4年ぶりの今回は最終講演が2日に築地本願寺で行われ、550人が集まった。14年前に比べれば痩せて声も聞きづらくなっていたが、滞在中ますます元気が出たという迫力は相変わらずだった▼ヒンズーからのブッダガヤ大菩提寺奪還闘争とともに注力しているのが、マンセル遺跡の発掘だ。密教付法の地である南天鉄塔と目される遺構も明らかになってきたという▼佐々井師は1967年にタイ経由で入ったラージギル(王舎城)で「なんじ速やかに南天竜宮城へ行け。 南天鉄塔もまたそこにあり」という竜樹の夢告を受け、ナグプールで没後10年が過ぎたB・R・アンベードカル博士(元法相)の仏教復興運動を継承した。きっと昔の竜樹も金剛薩埵の夢告を得てバラモン教を仏教的に解釈・整理した密教を大成し、後に夜叉(やしゃ)が作った言われるほどの大寺院・南天鉄塔の興隆を招いたに違いない――▼2009年と同様、今回も「生きた」仏教、今まさに創造されようとしている仏教の姿を見た。それが同じく女性問題で悩んだ親鸞をまつる浄土真宗寺院だったことに感慨を覚えるとともに、「(八宗や鎌倉新仏教の)宗祖みな我が祖師」と語る師の姿に倣って宗門にこだわる必要もないかもしれないと思った。「超大乗」こそがアンベードカル=佐々井師の教えだ▼「勉強(学問)せよ、団結せよ、闘争せよ」とは、長い歴史と人口ボーナスの中で虐げられたダリット(不可触民)に接する中から出た大慈悲の叫びであろう。さて、今の日本でどう解釈するか。タイムカプセルから出てきたような昭和の頑固親父が男一匹、命を懸けて問い掛けている。

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